株式会社 ケーヤード
K-Yard 近況報告 Back3 (東日本大震災から)
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K-Yrad 近況報告 バックファイル(Since2011/03)
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(2011/09/24) 22日の午前中 台風15号 根室に襲来
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結構強烈な暴風雨で施設が飛ばされるかと心配でした。 小中高は休校に。
ご飯炊きのおばちゃんだけは休んでもらいましたが、 全員出社で残業も
しました。 建屋の中で仕事が出来る幸せを感じます。 気仙沼工場は野天
なので朝から公休で、 私だけ出社し、 飛ばされるのを一人でロープ張り。
なんて、 平気で想像しちゃいます。 (実際何度か) 午後からは収まり、
次の日は花咲港のサンマ船全船が何事も無かったように出漁していました。
K-Yardはお彼岸休みしました。 日曜日以外初めての休日、 全員墓参りの
しないお彼岸。 生きて・元気で稼げることに先祖様に感謝しなければね。
花咲港に来てサンマ大型船2隻を含む数隻を修理仕事しましたが、 場所が
違うだけで何か気仙沼に居る錯覚もしていた。 解禁以来未だに全サンマ船が
集結している。 日本一のサンマ水揚げ港を現実に見ている。 サンマ船話題も
尽きることが無く、 この期間は三陸を離れた気がまったくしなかったが本音。
K-Yardは震災復興の仕事もここでちゃんとやっています。 大小型船の船頭らも
ここで気仙沼人が頑張っていることに微笑みながら喜んでくれています。
三陸の知らない船頭さん達もK-Yardを見に来て釧路・根室情報を地元の人
のように飲み屋情報なんか含め教えてくれる。 今は心細さなんてありません。
もう、 だんだんサンマの気配が南下気味に、 急に寂しくなるかもしれないな。
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(2011/09/11) 昨日は9.11 震災後6ヶ月、 日付の意識はしたくない。
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3の倍数、 11という数字、 変に意識したりする。 数字屋なのに。
また、 北海道の2新聞に移転企業半年でK-Yardが記載されました。 公の新聞、
何誌かいつも気にかけて頂いています。 すること、 したこと、 業界だけじゃなく
一般の人にも知らされる、 背筋を伸ばさねば。 根室まで来ても漁業界では
そんなに遠くに来た感はない。 気仙沼との二股は今までもやってきたこと。
密っそりとの柄じゃないしね。 根室はこれから涼しい季節と思えば涼しいは最高。
先週は工場屋内で18三洋丸反転しました。 雨も風も影響ないのはいいわ、 頭の計算は
合ってたけど屋外とは違う緊張感で疲れがドット出た。 「現場は任せてるから」 って
言ってる割に最近、 口出しが多いって家内によく言われる。 年? or 若返った?
震災後こんな小さな心配、 屁でもない。 毎日、 惨状を見ないで仕事できる。 これは
社員全員は相当の幸せ者ということ。 その分、 広い視野で見て、 今後の水産会・被災地
新構築の知恵を蓄積し、 いい意見を述べ、 感謝を持って仕事しなければと痛切に思う。
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(2011/09/06) 台風12号も想定外、 回避の移転・備えの時代は確実に訪れた。
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回避の移転・備えの時代と言ったって、 先立つ資金・指導者だし、 先祖代々の場とか
言う人も多い、 代替の場所あるの?とか、 全国で早急に整備とはならんし、 無理か?
やはり、 日々の避難訓練とかが。 逃げる場合も銘々個人主義(てんでんこ)が基本であり
まず自分が生き延びるというルールーが岩手県にはあるみたい。 中身は若い順とかの
優先もありきだ。 日本人は人を放おってはおかれない。 悲しいことですが気質ですし。
問題はその被災後にある。 生き得た人や経営者が被災後でも、 元気に死なないで
地域・人々の為にその地で頑張れるかだ。 経営者なら修復要素はお見通し、 即決断し
生き金を使わなければならない。 ハードはすべて無からだし、 リスクの山だ。 まず、
積み上げたソフト・実績 等の誇りも捨て、 復旧じゃなく新規に会社を立ち上げる
程の馬力と計画性を持ち頑張らねば、 まず無理。 甘くないわかるから国に頼る?
何でもいいけど、 会社が復興の場で優良経営の可能性が低いなら、 外の地で生きて
地元に帰るタイミングを計る? それができるならいいが、 帰っても復興のために
地域で何の役にも立っていないレッテルを張られていたなら。 立つ瀬がなしか。
K-Yardは気づけば根室で生産軌道に乗りつつある。 再三 気仙沼に帰る気が削が
れていくけど、 すべてを受け止めると決めたこと。 まずは花咲港で頑張ろう
台風12号により被害に見舞われました皆様にお見舞い申し上げます。
また亡くなられた皆様には謹んでお悔やみ申し上げます。
こんな想定をはるかに上回る大災害が年に2度もあるなんて、 言葉もありません。
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(2011/08/20) 被災者は復興が進むにつれ、 次々の不安が明確に
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5月から7月に1回気仙沼に帰っただけだし。 秋口からじっくり帰り模索してきますが・・
気仙沼工場の船台の海側が地盤沈下し、 船台下が危険な状態であるのに、 ここで
どういう形で復興すればいいのか。 いい答えが帰郷中に見出せるかどうかだ。
勝栄丸ブログの8月8日にどこかの澤田社長という人が語ってました。
「過去に帰る復興ではダメ
新しい未来を創造する復旧・復興にしていかなければなりません。」
って言ってました。 心から願い、 そう思います。 違う力が沸いてきた。
被災した人々はその創造者であるべき。 失敗を恐れず、 力を合わせる
人間性を世界中の応援していただいた人にお見せしなければならないのに。
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(2011/08/11) 5ヶ月が経ち、 もう何年も根室にいるような。
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13日〜18日まで社員の気仙沼勢は盆の帰宅休暇。 根室勢は適当に2日だけ休みます。
役員2人は根室勢と共に休みなし、 根室のお盆は一ヶ月前倒しの7月盆だったし。
来年のお盆は、 いくらここ根室が普通の日であっても根室勢に任せて帰省するべ。
地元・復興語れば、 自分がいやになるほど、 不安定になる。 皆、 大きく傷ついたまま。
5ヶ月、 疲れもピークに。 地元の頑張りやさんが次々とストレスでダウンしていると聞く。
暑い夏、 くれぐれもご自愛願います。 復興は全員が頑張り屋さんによって救われます。
最小限でいい、 不足は言わない、 町機能・住宅・雇用が第一、 願い・祈りは毎日の習慣ごとに。
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(2011/07/18) 4ヶ月が経ち、 3ヶ月ぶりに気仙沼に帰ってきました。
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9日から一週間、 家内と気仙沼に。 銀行・市役所・税務とかの用事を済ませ
まだ見ていなかった魚市場前の町並み見てきました。 跡形も無い、 思考が
止まります。 どこもハエと臭いは閉口ものだ。 都市計画も未だ? 暢気以前の
問題、 それでは復興の道筋すら。 瓦礫処理もやってますが急ピッチのように見えない。
サブ道路が通っても郊外の1本しかない基幹道路の脇に何で大瓦礫置き場なの?
その出入り口で大渋滞? 指揮者不在だろが。 毎日渋滞じゃ思いやられるだろな。
瓦礫・車体を集める場所が違うような。 ア・・・なんて私はネガティブ言ってるんだ。
個人・各社の事情はそれぞれ。 経済とか水産システムとかの全体のバランスが機能
するには程遠い日数と感じました。 国の支援金事業もはっきり出さない方向と取れます。
だからケーヤードの秋からの気仙沼本社復興計画も考えられない。 根室に連れて来た
家の社員に申し訳ない気持ちで涙が溢れ出ます。 気仙沼復帰は決して諦めませんが・・・
厳しいかなと。 この度はっきりと感じ取ってきました。 頑張っている仲間造船所の
ことを思うと強烈なジレンマに襲われます。 ここは日本、 万人が平等、 震災も神の仕業。
被災の意味を問い、 無心で、 恥じる行動だけはとるまい。 1・3・5年後の節目ごとに
新しい気仙沼の姿が見えてくるに違いない。 気仙沼に復帰して 「ケーヤードは
FROM 気仙沼港だもの。 本社は当然でしょう。」って早く叫んでみたい。
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(2011/06/18) 3ヶ月が経ち、 濃厚でした。
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6月8日:
根室の金比羅神社の宮司さんに工場のお払い・安全祈願を執り行いました。
K-Yardの誓いを言い、 神聖に隅々までお清め・お払いをして頂き、
土地の神様・工藤造船所の神様に報告もさせて頂きました。
何か、 穏やかに・ホッとしました。 工藤造船所の後をちゃんと受け継ぎやっていける
気が沸いてきたのを感じました。 そしてこの地、 お蔭様で将来に向け何の不安も
感じません。 不思議な地なのかもしれない。 肌寒いのだけですね。 ネックは
根室は4月から6月にかけ 何か・・・ 海岸線では稚内より最低・最高気温が低い日が
ほとんどです、 知らなかった。 3年前の8月6日に歯舞の18明洋丸の回航に
乗ってきて、 朝方入港した時、 確か 9℃だった。 寒いのはわかっていたけど・・
寒いし辺鄙、 めったに誰も来ない、 静かだし、 だんだんと根室・・・ が好きに?。
根室は寒い分、 人は皆 おっとりと暖かいです。 私も、おっとりとした心が
根室で形成されたらいい。 そう、 願おう。 筋道をつけて頂いたのだから。
10日から一週間かけて家内と宗谷から一回り、 顔を見てのお礼・報告に参ってき
ました。 皆様に穏やかなやさしい表情で 「とにかく、 よかったね、 頑張ったね」 って
迎えて頂きました。 踏み出した道、 委ねた道、 緩やかに歩んで行きたい思いで
いっぱいになりました。 またすぐ今回会えなかった皆様の顔を見るまで近いので
何度でも参ります。 今回は失礼いたしました。 よろしくお願い申し上げます。
速報:
気仙沼魚市場が6月23日再開します。 カツオの北上が遅れているため、 間に合うそうだ。
よかった、 涙が出るほど嬉しい、 ちゃんと誰かが指揮してるじゃん、 えらい、 すごい。
また、 何百トンの水揚げが・・。 メッチャかつお食いてえエ〜 本気で嬉しい〜
23日まずは50トンの水揚げ、 ちゃんと釣って来てくださいよ。 船頭さんたち頼むでエ〜
7月初めに気仙沼に帰ります。 毎食 カツオたらふく食べます。 たぶん涙もろいから・・
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(2011/05/06) 昨日から、 全社員が飯場で毎食 同じ釜の飯
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5月1日に遅れて来る2名以外8人全員揃って根室で仕事を始めています。
連休は昨日1日だけ、 皆は疲れた表情も無く、 根室での生活を嬉しく
やってます。 全員雇用促進住宅を北海道様からお借りすることができましたし、
すべてに感謝し、 いい生き様をしなければなりません。 生かされたのだから。
構内に飯場ができました。 調理は交代制で全社員が何かアットホームで。 これだよね、
製造業の原点は。 同じ釜の飯を食う? 炊き立ての飯、 皆が基本、 安上がりだし、
たまには造船所冥利も頂くし、 最高の魚、 兄弟のよう、 忘れていた基本的システム。
どうぞお越しの際は是非食べてってください。
全員誰もが節約が言わずとも身に付いてます、 何が最低の必要・無駄を震災で
おもい知りました。 体も健康的になり、 自分事を言わず共に頑張る気が出来上がった
様に感じています。 ショックと先の心配をいつまでもひこずってはいられない。
道が付いたのだから、 すべてを受けとめ、 すべてに笑みを浮かべ、 仕事だ。
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(2011/04/28) 気仙沼造船界の復興へのパワー、 強力に感じてます
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気仙沼造船業協同組合は復興へのスピードが徐々に加速している気がします。
誰もが、 誰もが、 自分の仕事がしたい、 とにかく仕事がしたい、 そんな空気が
全社に感じられました。 うれしいです、 器の復興をとにかくスピーディに
やっているうちに国にできる範囲と生かす前提で支援を待つ。着々と、
未曾有の被災だから・・・ 目標でも最高のリセットにしないと、意味が無い。
気仙沼市内道路の混雑は異常です、長靴も持っていない他県の物見遊山が多い?。
復興が落ち着く頃には市の人口が減るのを予想し都市計画の話も聞いた。
K-Yardは逃げていく企業と聞こえてきた? 私らは住変はしません気仙沼市民です、
被災にあった自宅をいずれ直し、 またそこに住むことを願い・叶い・決心した
んです。 市民の皆様お間違えのないように。 仕事の道がつけば社員全員は必ず
帰ってきます。 2ヶ月に一回は気仙沼に来ますし、 意見も言います(居ないと思うな)。
やっと、 木戸浦・吉田造船に打ち上げられた大型サンマ船を撤去する仕事の道筋
がつき 超大型起重機船が気仙沼港に入港していた。 半径70mで1000トンとか。
あるんですね世の中に、 悩んで損した気がした。 よかった、 敷地に横たわった
漁船がゴロゴロを毎日見る感情を拭ってからでないと復興が進まないのだから。
K-Yardは後1回のトラック部隊で物の移動は終わりにします。 連休から根室で
整理から6人で仕事にかかります。 5月半ば以降に4人と定メンバーが集合します。
やっとここまできた、 がんばりました。 「心の疲れたは絶対に言わない。」
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(2011/04//25) 気仙沼に居ます。 穏やかに、 ただ 祈ることしか。
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帰るまでの日々は道-振興局・根室市役所さんの心温まる支援の数々、 4月の人事や
選挙と忙しい中でK-Yardが根室でやって行く不安を察するかのように良くして
頂きました。 根室市長にも記者会見的にお会いし報告する機会もあり、
正直、 マスコミは恥ずかしい限りで、 家内と戸惑いの連続でなれるものではないです。
まだ、 身なりに気が回らず、 ありのままで社員全員頑張るそれだけしかありません。
昨日は自宅と気仙沼を見てきました。 諸行無常です。 都市計画はあるでしょうね。
地盤沈下も少し片付けば深刻に見えてくる。 防災訓練も今からすぐにやらないとね。
何か、 震災前と変わらぬ車の渋滞など見て、 震災に強い地域づくりはもっと強引に
大きく根本を変える何かを・訓練を・・・ まず協力しあう姿勢から? 頼むで・・ 影の
どこかで危機を救ってくれている神様的人間さん。
K-Yardのここ数年は、 根室から祈ることと気仙沼魂で頑張ることしかできないのだから。
意見ぐらいは言いたいかも、 やっぱり気仙沼人だから。 カツオが旨い気仙沼だから。
去年からこのWebで気仙沼港ファンとかのコーナーやってましたが自棄に虚し過ぎ、
はやく 新生気仙沼を自慢したい。 今現在、 漁業の太平洋フィールドの天辺に
移動中ですが、 根室に居て思うことは、 なんていったって気仙沼は漁船の中心には
変わりないことがわかる。漁船漁業の老舗・故郷みたいな。だからこそ最高の漁港に
生まれ変わって欲しい。 どこの港にも舐められないような、 どこの港より被災で支援
頂いた人々・国に感謝を忘れない港町になってもらいたい。
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(2011/04//05) 今、 このリセット。 誰もが世界中から見られています。 恥じないように。
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根室で復帰の理由・建前はどうであれ、 不安のひとつに長期出張的に従業員が
なること。 各自この事態の長期出張に大きな問題があります。 各一家の頭は何が
生きる上で最重要かをずっと考えています。 その上で経営者は従業員の
心を見つめ、 ケアーし、 会社の方向についてきてもらう強い意志を持たな
ければならない。 未曾有・想定外だから・・・ いっそう人間の真価が問われる。
数ヶ月後には従業員全員が根室に揃うと信じています。 四方八方、 常に全てに責任重大。
4・5人の2グループが2ヶ月ローテーションで気仙沼に帰る休日(5日)を決めました。
気仙沼が復活したら休日のローテーションじゃなく 2〜4ヵ月の交代制になればと。
誰もが私がいい判断が出来る態勢と・出した方向に協力してくれます。 特に家内を
先に、 従業員・北海道の顧客の皆さんのおかげのだと 今更ながら、 このことに
感謝しています。 この度は特に根室の工藤造船・柏崎造船・根室造船様にはドップリ
お世話になり、 あまえています、 ありがたいと思っています。 不器用ながら
やってきたことが認められていたという事? たいしたことさせて貰っていないのに。
数年後は気仙沼本社工場は修繕・メンテで復活させ、 根室工場は地元社員・幹部候補
を育て、いずれは道内社員だけでK-Yardできる体制を作り上げる方針でいます。
来週は根室の週。 一生楽は無い私ですが、 やっとバンにチャリ積んで根室工場の片隅に
おいておけるタイミングに・・・ 楽しみを思うだけでも・・・ 何か今までは仕事で
車を走らせるだけの北海道、 住むとなれば景色がまるで違う。 ワクワクしてきたのも確か。
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(2011/03/29) 根室に向け、 資材・道具の移動搬送始まりました。
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27日に根室に向け、 資材・道具の移動搬送1回目出ました。 一つ一つクリアーする
項目は山積。 幸いなひとつに経営者2人は丈夫で健康でパワフル、人生の叩き上げ
でっせ。 やる気満々。 5月末には船のブロックの写真をWebに掲載できるように
頑張ります。 私も気仙沼3日・根室3日の往復移動生活がしばらく続きます。
5月に入るまで、 バタバタで ややこしい話は無理でしょうね。
気仙沼工場は宅配はしばらく無理、 ステーション止まりで混乱しています。
すでに配送してしまった物に関しては 090-4638-2193私に連絡ください。
郵送は2・3日前から入っていますが、 大事な郵送は連絡ください。
根室は4月1日に支店住所登記やってきます、 その後Webで住所を掲載します。
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(2011/03/25) 気仙沼の状況、 復興。 K-Yardの復帰は
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状況は未だに 生きるとか復興に一番先に必要なの物資がかみ合わない。
南三陸・唐桑の従業員は昨日やっと会社に出てこれた、 全部不足の中 避難者救済、
水・食料配りのボランテイアをやってたみたいで、 悲惨な話題は尽きなかった。
気仙沼市の水産から始まるシステム全体の復興の工程表では何年かかる?
何年後はこうだ、 何年後には被災前と同様にとか。 各自経営者は予測するが
肝心は会社が生きていれるかどうかだ。 はっきり言って国の支援なしでは無理だろう。
何かそろそろ、 大きな会社から会社休止、 一時解雇とか話が飛び交っている。
明日に造船・鉄工部会の総会がありますが、 建設的な話題はまだ先で報告程度
だと思います。 全社消えずに頑張る話を聞ければいいと思います。
K-Yardは根室の工藤造船所さんをお借りして、 再起を直ぐにも進めます。
26日から運び出しの工程にかかります。 決して気仙沼を離れる・この現状から逃げ出す
思考ではございません。 気仙沼の水産・造船界のために・三陸の造船職人のために生き残って、
直ちに仕事の情報を発信し続けねばならないと思ったからです。 請けている建造船
が第一優先・北海道顧客第二優先思考は当然のことではございます。 まず根室工場を
スタートさせながらいろいろ気仙沼復興の為、 外から眺め、役に立つように頑張りたい。
気仙沼をK-Yard本社工場、 根室を花咲港工場と命名しやって行く。
もう、 決めたこと。
世界的に部品調達が不足で大減産とか言ってる。 資材の納期が当てにならない
で造船はできません。 これからもっと生産管理力が経営者に大きく求められる時代に。
何でもいいけど、 毎日毎日、 車の燃料が行き渡らないのには閉口、 何もできん状態。
銀行も被災はわかるけど、 お金は怖いもの。 情報発信が遅すぎ。 支払いたいのに。
機能しないから月末に支払いとか・・ 何件かは月跨ぎになるかもしれません。
いくら制御不能といっても、 自動引き落とし・・・、 普通の時じゃないのに?
護送船団方式、 この系統のシステム、 こんな時わかるよね〜 気の差?。
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(2011/03/19) 東日本大震災から8日経ち
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悲惨としか言いようがない、 全員が全産業がこれをいつまでも共有していて
復興を考えすぎて、 進みあぐねている訳にはいかない。 泥のひとかきから
始めなければ。
燃油が無い、携帯が繋がらない、電気・水道が未だ・・・とか
まだそんな状態です。 稼ぎ手は全国の受け入れ先に散らばり他所で頑張る人が
多いのでしょうね、 戻ってきてくれる町作りが必要不可欠。 ・・・なんて
いろいろ頭はめぐり、 落ち着きようがありません、 誰もが 折れた心のケアーなんて
必要ない、 体のリミッターを解除し泣きながらでも泥のひとかきからだ。
私は今、 家内と2人で北海道を走っています。 よ〜く考えて、 今後の最良な道を確認に
来ています。 すべてに道があります、 悪い予感はこんな経験をした後、
微塵も感じてはいません。 こんなにたくさんの応援の声、 すべてスピーディ-に
進めて復興を目指します。 家内が横で「負けていられるか!」 言ってます。
本当に心配をおかけしております。 皆様の励ましのお言葉、 感謝申し上げます
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(2011/03/18) 3月11日-東日本大地震、 ご心配かけました。
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従業員全員・家族・私は生きています、 元気です。 命あっただけ幸運です。
力を合わせ再起を目指します。 第十八三洋丸は工期が延びますが
船主様に履行の再誓いをし 承認をいただいた限り、 いい船を造り上げたい
気持ちで今はいっぱいです。 次に絶対に気仙沼の造船の魂を消したくないです。
顧客様の要求がある限り、 いいように立ち上がってみます。
日頃通りのご指導をよろしくお願い申し上げます。
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