株式会社 ケーヤード

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連絡先 ー株式会社 ケーヤード 花咲港工場 (はなさきみなと)

〒087-0032
北海道根室市花咲港288番地
TEL:0153-25-3101
FAX:0153-27-1909
E-Mail:infoアットk-yard.co.jp (Spam対策のため、アットに変えて送信下さい。)
来社:Mapionマップ

■リクルート: 根室市内・全道・全国から幹部社員・フレッシュ現業社員を募集してます。
/////////// (現在根室での採用社員11名)



K-Yard Topic

■漁船 初のトラクタージェット推進器、 北海道沙留 8.5トン鮭定置船 第二十三 魁丸

■ポンプジェットスラスター船首搭載船、 網走2・宗谷1で試作は3隻目。


■実験データー用模型(1.8m) 興味津々、 水槽実験。 水と玩具、 子供に戻ります。

//2011/01水槽データー取り動画追加

■NAPAのWeb(NAPA Japan)でK-Yardが紹介された、 世界の零細小型造船所から
//メールなんか来るのに 備えて、 まず英語力?



K-Yard 近況報告 近況フォトレター ― 合わせてどうぞ ―


 (2012/02/21) 花咲港工場で、 2隻目の船の反転作業しました。

温い日が一日もありません、 今日は風が強く大時化です、
朝一1時間で3太清丸反転作業を終えて、 少しほっとした
ついでに、 気仙沼社員だけで話をした。 私含め、 心の確認ごと
です。 4年後に気仙沼の造船団地に工場を建てて、 全員で帰って
からの話などをした。 頑張ったらいいことがあるに決まってます。
全員で思えば必ず道を引き寄せます。 みんなで心をケアーし合って
とにかくベースを気仙沼に置き、 花咲港工場を支店に北海道で
頑張ってK-Yardのレベルを上げ、 代替わりに教えていく義務を
語りました。 もう来月で被災から1年、 北海道に励まされ、
生かされました。 なんか長かった1年のような気がします。

根室社員も炊事のおばさん含め総勢11人(30歳未満素人6人)。
K-Yard始まって以来の大所帯20人。 苦しいときにこそ勝負に
出ろとか。 将来への大きな投資をしてしました。 迷ってなんか
いられない。 造船は人を育て人で造る産業ですから。



 (2012/02/01) 家屋と屋外の温度差は数年の慣れが必要か

気仙沼の小野寺鉄工所の社長さんが花咲港工場に来られた。
港産業復興の大きな希望となる造船鉄工団地のコンサル会社が出した
図案等を見せて頂いた。 5年より早まるような話もある。 いい話です。
まだ、 すっきりとした嬉しさがこみ上げてはきませんが、 心の支え
にはなりそうだ。 家の気仙沼若い衆は早くベースが出来上がるのを
期待し喜んでいた。 そうとなったら、 急ピッチで一人が一人根室に
1年でも早く自分らのクローンをつくり、 100%根室で一人立ちさせんとね。

K-YardはK-Yardなりの道があるのだから、 どう転んでも楽しみだ。 寒いだけ。



 (2012/01/18) 年頭のオホーツク挨拶上り、 稚内までの出張。

当然に寒い、 根室の比じゃない、 今回の上りは、 家の専務さんの
雪道運転講習も兼ねています。 だいぶ慣れてはくれましたけど・・・
稚内の雪は結構でした、 風がなかっただけ走り易かったですけど。
長年歩いた地、 会う人皆さん穏やかで、 いつも優しさを感じます。

自分の宝のような地、 気仙沼とはたとえが違いますが、 そう想う。
船造りのK-Yard、 船屋しかできない俺、 パワーダウンなどまだまだ
していられない、 どんな時もゆったりと内のパワーだけは常アップ
し続けなければ、 意味がない、 今回も、 ただそう、 心から思ったから。

菊池一人が頓別→猿払→宗谷→枝幸と北回り班が11日から出発している。
工場の工程もあるから、 一人で今年も行かせたが・・・、 仕事とはいえねエ〜
専務がかわいそうで涙が出た、 言ってた。 極悪経営者ですがな。
すごいですは、 今年の寒波、 収まる日がない、 オホーツク人もうんざり
しているくらいだもの。 何処も彼処も日本全国、 特に被災地、 寒い分、
心あったまる、 いい兆しをいっぱいためた春が来に違いありません。



 (2012/01/01) 2012年 元旦 辰年

旧年中の・・・ 心からのご心配、 お見舞い、 ご支援、 お励まし、 のお言葉やらは
決して忘れることはありません。 すべての人に未だ、 ちゃんとしたご挨拶もできず
にいて新年を迎えています。 体が一杯一杯です。 今少し、 お見守り下さい。

お礼・恩返しとして、 まずK-Yardを再起させること、 私どもがより人として
の成長の証を皆様にお示しすることしかないと思っています、 皆様への感謝は
大きな目標であり決意です。 年月も要しますが。 今、 一から積上げ中です。


新年は、 やはり素直におめでとうございます。 が定説。
旧年がどんな年であっても、 めでたいのだと思います。

元旦の 根室の納沙布岬の初日の出を拝み、 心が澄み渡たり
ました。 旧年の感謝、 この新年に希望で体が震えます。 感動と
ともに、 やはりまた 「穏やか」の文字が浮かび上がっていました。


皆様、 新年 あけましておめでとうございます。 今年もよろしくお願いいたします。
皆様にとって、 すべてが充実し穏やかな年でありますよう、 心からお祈り申し上げます。



辰年です、 タッしゃな体でもつくりながら立てた計画通りに
コツコツと無理せずに歩みますか。 自分らの道、 何処であっても、
ベースが一時なくなっちゃっても、 いつでも正中でバランスよく
その道に立ち、 人の心を忘れぬように、 穏やかに、 筋書き通りに
穏やかに歩みたい。あと自分の感情にブレーキをかけすぎずにね。


辰と言えば、 辰の落し子もある。 その形は日本。 その頭は北海道で
その鼻の先は花咲港・・・ うまい。 気仙沼は胸のみぞ落ちなのかな。
気仙沼さん、 結構日本の重要な中心的な部位じゃないですか、 嬉しい。

ここは最東端の最北です・・ 初日の出だけは、 めっちゃ自慢やな。 根室は
穏やかな人が多いし、 言葉が温い。 なんでも求人では根室の素人若者が
チョコチョコ集まって来てくれて。 マスコミ効果か? 来年も一人来るしね。
当面、 本気で腰据えて一から根室チームづくりが今年からの大きな背骨だな。


気仙沼愛だけは永遠に譲れない。 大きな目標、 5年後の造船団地で気仙沼復帰。
決して負けない、 必ず生き延びる、 気仙沼の兄弟社員の心は一生守る。 忘れるな!




 (2011/12/25) 全然 年末感がない、 神さんも仏さんもどうなる。

とうとう気仙沼の自宅を大修復する余裕・時間はなかった。 しょうがない。
過去帳はつくって貰って根室の住宅に奉ったが仏壇ないし。 結局、 正月は家内と
2人根室にいることに。 誰もいないし、 静かで落ち着いた新年が迎えれそうです。
嘘みたいな現実です。 いくら覚悟を決め被災を受け入れた形であっても、
いきなり正月も来る、 何とも言えねえな。 いい新年か?、 去年も願ったのにね。

社員は智史だけは根室に残るって言ってますが、 全員28日のフェリーで帰省させます。
根室社員は29日まで、 新年は6日から出勤します。 気仙沼社員は8日から出勤。
先週はオホーツクに行っていろいろ動いてこようと予定していましたが、 「凪が悪いから
動くな」 って家のお客さんに言われて・・・ どうこうしているうちに 明日は26日。もう
動けんでしょ。 また凪が悪くなるようだし・・、 こんなものか? 冬の北海道だぜ。
いやいやどうしょう、 約束してるし・・ こんな・こんな、 まじめさもいいが、 今年は
ぼろぼろの身。 少し不良思考で、 来年に持ち越せばいいジャンで片付けてしまい
ましょうか。 どんな年末でも、 誰であっても、 国民の休みは待ち遠しいものですね。



 (2011/12/18) こんな今年にも年末・年始はあるのですね

今年はこんな年だったし、 年賀状は? どうなんでしょ。 それぞれか。
思いよう・取りようだし、 K-Yard、 藤木家は出すことに。 来年こそは
いい年にとか多少でも願いをかけてみる、 人情だし、 習慣ですし。
今年だって、 考えようによってはいい年の要素がまるっきりなかった
わけでもないしね。 頑張ってやってる姿を見ていただくとかの報告的な
要素も年賀状にある。 ならば頑張って書かないと不義理者になる。
「じゃまア、 書けるだけ程々書いてみます。」 何とアホみたいにかっこ
つけたような無責任な言い方してしまった・・・ こうでないとなんか
被災前みたいにたくさんのストレスを受けられなくなった。 被災から
なんですが、 被災地の被災者の皆様全員が目に見えない大きな不安・
心の傷が大きくて。 くだらんことですぐストレスを感じちゃうし、
仕事が多すぎると以前よりもこなせないのが皆さんわかるそうです。
癒されるほど時間は経ってはいないのだから。 自分だけかと思っちゃって
ました。 命を託す乗り物を作る製造業、 甘えはいけないのは重々わかって
はいます、 年賀状ごときですが、 情けないですが、 ここまで言ってしまう。



 (2011/12/14) 高田・大船渡行ってきた

神の仕業なら、 これをどう受け止めればいいの?、 高田の町が飛んで
しまった、 何年もかけて築いたすべての暮らし・営みが跡形もない。
人の心が神です、 どうか希望を捨てずに、 精一杯の支援が生活が
安定するまで長期的に国から受けられることを祈り続けます。

今回、 高田も大船渡もなんだかとっても海の水がきれいと感じた。
山と海のコントラスト。 天気が良かったからか、 今まで三陸に
生きていて海山ってこんなにきれいだっけ。 やはりここらの景色は誇りだな。

風景が語っています。 早く人間本来の助け合う美しい本能を思い
出しなさいって。 自分を言って生きるより、 人の事を言って生きるより
どんなにしんどくても、 関わりあう人の幸せのため、 素直な心で
してあげた・してもらったを言わず、 あまりにも人間で生きぬこうと。

私も家内も自分の物が一切何もなくなった今、 思えば自分らのことも、
あれが欲しいとか、 あまり語らなくなっている。 素の状態なのかも。
気仙沼でのホテル泊まり、 何とも思わない。 そんな時はそんな時である。
何か今日する仕事、 め〜いっぱいできるだけでそれ以上の幸せは
ない。 滞在は明日1日、 早く根室に帰り(行く?)たくなっているのは
本音です、 どこで頑張るのも復興です、 否定・泣き言を言わずにじゃなく、
それはたまに言います。 感情ごときにタガはいけません。 経験です。

「今年の言葉」は「絆」でした。 当然そう思ってました。 来年も
再来年もず〜っと満足な復興が見えるまで、 肌で感じるまで、
ず〜っと「絆」だろうね、 人の暖かさしか、 永遠に切れることのない。



 (2011/12/13) 11日から気仙沼に来てます、

10日の午前に網走での18三洋丸の進水式に顔を出し、 写真撮って、
餅まきして、 その晩9時の苫小牧からフェリーで専務と気仙沼帰り。

近づくにつれ、 やはり、 気が重くなる。 すごく悪いことでもして
地元に帰る。 みたいな気がした。 何か、 人それぞれの被災、 被災企業。
その数ぶんのパターンの援助・補助の仕方があるはず。 被災から
もう9か月、 もうそろそろ資金が詰まって身動きできない会社も。
心の傷を負いながら、 不安だらけの先行き、 そして何か鬱陶しい
特需景気。 この異様な特需がなければ復興も地元経済も成り立た
ない。 補助・支援はありがたいし、 無ければ立ち上がれない人も
たくさんいる。 それぞれのタイミングもある。 悪ければ気づいた
信用・実績も時間とともに崩れていく。 支援の後だしジャンケン
では行動しなかった人が後から無駄なく生かされる構図のように
なるようだが、 待っていてくれる得意先もそれぞれ、 どんなものか?

どちらの矛盾の感じ方も人それぞれ、 ここまでの状況や書いている
ことはあくまで宮城・岩手の沿岸での話で、 福島原発とは一緒に
できない話です。 福島の家の顧客の船主様の息子が北海道に本気に
行きたいと電話が先月あった。 宮城・岩手の船主さん水産庁さん何とか
してあげましょうよ、 海が亡くなった浜、 絶望感、 同次元では語れず。


9日から家の社員が123佐賀明神丸が木戸浦造船に上架したので
根室から来て(帰って?)メンテ仕事してる。 造船所大小あわせ全社
が雰囲気は昭和40年代後半のようです。 フル回転で気仙沼の実力
がありありと光っています。 さすがです。 石巻の職人も応援にきて
さながら昭和の鋼船臭というか、 溶接のヒュームとサンダーの石の
焼ける臭い、 細胞が覚えています、 変に懐かしさがこみ上げてね。

K-Yard本社は。 解体申請中、 お世話になった地。 何だったんだは
もう語らず、 北海道を固めて出直しは5年後、 標準でない経営力を
身に着け、 必ず復帰したい意志はますます強くなった。 企業経営は
労使一体の絆です、 そう歩んできたかどうかはこんな時、 わかる。
労使は仲間とか親戚とかの部類、 これからもこの性質でやっていけば
いい。 だがK-Yardの場合根室に社員を連れて行くのは企業のエゴ?
そうも取れる。 早急に気仙沼復帰? どうにもならないジレンマ
得体のしれない不安、 どこの社長さんも同じだわさ。 言ったってね。

気仙沼に来てから、18三洋丸の根室での進水記事・TVを気仙沼の皆さん
見ていて、 心からおめでとうって冷やかされ続けています。 素直に
受け止め心底嬉しい。 皆、 誰もが、 もくもく頑張っている、 アクティブ
な経営者に褒められると特に嬉しい、 普通の心境ではいられない思考
の連続で、 3年分の問題を半年で全問正解でクリアーしなければ進まない。
その行動を理解してくれているからだ。 先輩経営者は被災企業全体
の正念場はこれから、初期のアクションがあくまで仮なのか真なのか
があるが、 誰もが自信のない中で突き進んでると。



 (2011/12/08) ディープ過ぎ、 感無量としか言えない1隻

震災時建造中の第十八三洋丸が進水した。 「どうですか? 今の心境は。」
って、 マスコミさん達が通り一遍に問いますが。 いつもうまく言えない。
こみ上げ、 泣きたいほどの感情にはなるにはなるが、 ディープ過ぎて
頭がくらくらする。 震災を乗り越えた我が娘(船)の晴れ姿。 感無量なだけ。

5日進水、 6日試運転、 7日には船主に根室での進水式・餅まきを私が無理やり
お願いした。 11日には地元で進水披露なのに、 私の網走での親分・兄貴分だけに
太いお人です。 回航する凪の具合でAM:10時の式後に次の日の予定を変更し
急遽、 回航することに。 夜の宴会も中止かと思いきや、 「何言ってんだお前」
って船主さん。 嘘でしょ状態。 夜の8時頃には網走に船が着岸となりましたが、
正直、 はっきり、 実はですが、 船主・私・社員全員・・・・ 根室で酒飲んでました。
何かあったらどうするの? タブーですよね・・が。 私は着くまで飲みません・・が、
うれしくて、 何かうれしくて、 乾杯後に舐めるだけのつもりがつい、 グイグイといく?
とんでもない船主様と造船所だ。 人生何が起きようと気分、 何でもかんでも心配
しなくてもいい、 神に任し切ることもこの震災で十分学んだはず、 だからって
全員二日酔いするほど飲まなくても・・・ みんなうれしくて、 ただ、 うれしくて・・・。



 (2011/11/17) サンマが いまだに南下しない

花咲港の小型サンマ船(29トン未満)は延縄の切替船以外はまだサンマ
やってますし取れています。 釧路には宮城・岩手の小型サンマ船軍団
が帰らずに操業しています。 こんな年ってないそうです。 震災?
何かに影響が。 三陸の今の水揚げの受け入れ能力を思えば、
サンマ軍団はラッキーな年に違いない。 嬉しいことです。 全船が
そこそこ希望以上の金額が上がったみたいだし。 何よりだ。
根室にいても8月から4ヶ月も三陸サンマ船がいれば、 気分は気仙沼
にいるのと変わらない、 ということは寂しくなかったということ。
何か来年もサンマ漁期前のメンテ工事を根室に持ってくるととか言う
人もボチボチ、 アルミ漁船軍団にとっては、 K-Yardは気仙沼でも根室
でも俺らにとってどうでもいいと言ってくれますが、 複雑ですね。

13・14日は稚内まで行ってきました。 月曜の朝、 枝幸でしたが雪でした。
氷点下で寒かった、 宗谷・網走のホタテ船もう上架していました。 冬です
根室は結構冬は気仙沼と変わらないかもしれない。 夏は寒いですが。
これからの時期は専務は雪道を運転してくれないので長距離は一人運転
になる。 へばってられるか! 今は震災ではなく借金に負けるな! だしね。
75才まで現役でがんばんべ〜、 震災借金返しまっせ〜イ。 健康だしね。



 (2011/11/14) K-Yard の気仙沼工場は悲しいことですが・・・

K-Yardの気仙沼本社造船工場の復旧は超冷静になれた今、 断念しました。

満潮時には敷地の半分まで潮が来ているし、 レールの水中部の堆積物
も3mとか。 短期間に施設・設備だけ対象に・今の場所にしか使えない補助金
を頂き、 半端に復旧させて直ぐに成果を問われると無理がある。 が第一の
理由。 第二は三陸の地元船主はともかく、 三陸以外の漁協・船主がこの地で
建造する意思があるかどうかだ。 自分の調査の結論は即答者・イエスは
皆無でした。 悲しいことですが今の現実です。 忘れる時間が長そうです。

気仙沼本社は別の場所になります。 海岸ではありませんがトラック1台置いて、
1-2人が花咲港との行き来する形になり、 アルミ船メンテ専門に稼働します。
その場所は今も私の半壊したままの自宅のある場所です。 本社事務所の原点です。

将来、 気仙沼に造船団地が完成しメンバーにしてもらうことを希望に頑張る
しかありません。 そのころまでに花咲港工場を地元社員で自立できるまで
気仙沼社員全員が今の仕事しながら、 一人が一人、 技術を教えてその日に
備えることに。 気仙沼社員・気仙沼の外注社員も1年の内、 3回は長期帰省休暇
など制定し頑張ってもらいます。 北海道で気仙沼ブランドを売りとしてきた
K-Yard。 オホーツクでは小さな話ですがK-Yardと言えば気仙沼、 気仙沼と
言えばK-Yardと言われるくらいに気仙沼の職人の技術というものをずう〜っと
何年も掲げてやってきた。 K-Yardがある限り気仙沼なんです、 Kは気仙沼だ

今年の夏はバタバタで支度をして出漁した三陸のサンマ船のメンテ工事を花咲港で
何隻も復興仕事としてやらしてもらいました。 ここで構えることが出来き、 各船頭に
有難く思われたことに気仙沼人として幸せを感じました。 社員全員嬉しそうでしたし
頑張らないとね、 気仙沼復興を諦め逃げた会社とは誰にも言われたくない。

12月にはお抱えのアルミ近海カツオ船のメンテで花咲港からトラックで気仙沼に出陣
します。 ただ今までと逆なだけ。 思いよう取りようです、 立ち止れば苦しいだけ。



 (2011/10/24) この震災の復興がやっとこれから始まる。

政府は21日の閣議で、東日本大震災からの本格的な復興対策や円高対策を
盛り込んだ2011年度第3次補正予算案を決定した。

K-Yardの復興は花咲港の次に気仙沼と決めてます。 けど気仙沼復興で施設・設備
だけにしか使えない支援金。 早すぎる申請・完了期、 誰もが有効に使えない。

コンサルティングで復興に際しどれほど貢献できる企業かとかが問われ、
神が決めるように決定される。 「もうこれでラストですよ、 事業期限を
守ってくださいよ! 」 とか言われ・・・ 必死で気合を入れなければならない。
頂けるなら、 心から、 本当に有難い。 頂くのだから、 成果、 評価は付き物。
それに、 この受給とヒストリーは永遠に残るものです。 重荷に思う人もいる。
真逆に、 「未曾有なんだから考えないでもいい、 貰うのは当然と言う人もいる。」

気仙沼復興はこれから、 7か月が過ぎ、 少しづつ。 急ぐとこは急ぎ、
じっくりすべきとこは急がず、 11月・12月 被災地企業の正念場になる。


今現在まで自力で復興させてきた企業は少なくない、 この期間中の借入れ金
に対する金融策とか被災以前のローン問題などより先に、 その場で復興できる
・できないはどうでも、その場での復興とか物を買う支援金支給ばかりが取り
上げられる。 ばら撒くだけ? 経済効果狙い? その後の運転資金は無視でいいの?
漁船の建造も同じことが言えるでしょう。 ただ、今、 肌で感じるた事を言ってます。
行く先何が不安って言えば過ぎる時間だ。 長い目で見た金融策・ケアーは必要です。
これで打ち切りなど言ってはならない。 もっと被災地を多くの人に見て頂きたい。

気仙沼に行っても、 肝心な宿泊先が無い、 復興する準備すら出来ていないと思えて来る。
こんなことを言ってしまう、 この未曾有がもたらした心の傷・迷い・恐れ。 誰もが深く深く
どんなに時が経っても癒されることは無い。 願いは心が晴渡るほど美しい町に戻って欲しい
だけ。 だから観光・町の景観を重視した心の故郷の復興をテーマにすれれば、 産業復興は
自ずと根太くバランスよく復帰するに違いないと思えてきます。 税金は皆様のお金です。
使わせて頂きます。 頑張って復興しなければ。 日本中の皆様一緒に頑張りましょう。


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